ひふみ人)玉木晶子

今回のひふみ人は
玉ちゃん(玉木晶子さん)です
ひふみの受け放題クラス
[自分デザインクラス]でも
お馴染みの
玉ちゃん
これまでどんな人生を歩んできたのか?
玉ちゃんってどんな人なのか?
などなど
じっくりと聴かせて頂きたいと
思っています。
それではオンタイムで
お逢いできますように
当日のコメントお待ちしてます
Kaori Teixeira

HP https://123-coach.com/entre/-/person
YouTube: http://u0u1.net/OnHy
日本全国・世界中から集まる、
起業ひふみ塾の仲間達。
そのひとりひとりが、
彩豊かなストーリーを持っています。
出逢った仲間、人生を変えたエピソード、起業物語。
★・・・・・・★・・・・・・★
■タイトル
「心の庭を満たすことがゴール 楽をするための努力は惜しまない」

■日時:11月26日(日)朝8時より
※日本時間
■スピーカー: 玉木晶子
■ファシリテータ:KaoriTeixeira
■内容:
無料講演/ディスカッション&質疑応答
■参加費:無料

●プロフィール
玉ちゃん(玉木晶子)
1963 年 柑橘と真珠が名産の愛媛県宇和島市生まれ 今年は還暦の特別な年 !
1. 幼少期〜学生
・年⻑の頃に衣装やメイクに憧れてバレエを始める。途中中断したりサボったりしなが ら細く⻑く何とか続けている。(ちーちゃんとのご縁がハンパない)
・中学までは背が高くハキハキした性格で、学級委員に指名されたり男子を正論で追い 込んだりして泣かせるような女子だった。 当時の教育は「ほめて育てる」などという概念は存在せず、先生や父親などにはとに かく何かやるとダメ出しされることが当たり前だった。思春期には女子同士の牽制も あり目立つことを避けるようになりだんだん自分の意見や考えを言わなくなる。そんな中、母は「晶子は運がいい」「晶子はアイデアマン」とよく褒めてくれていた。 母も私も好奇心が強く何でも面白がれる性格。一緒に美術館に出かけて展示がイマイ チだったとしても「イマイチなことが分かって面白かった」と面白がれる。
・スポーツが苦手な上、前述のような教育環境でますます運動嫌いになるが、 ダンスだけはそこそこできたので、中学では新体操部、高校では創作ダンス部 (美しくないので好きではなかった)、大学では競技ダンス部に所属(競技ダンスの 体育会系気質や男尊女卑体質にムカつき卒業後は続けなかった)。最近楽しめるダンス を知り、昔取った杵柄が役に立っている。
2. 好みの話
物心ついた頃から欧米のテイストの古いものが好き。
・音楽はジャズとクラッシックが好きで現代風のナントカビートのリズムや電子音は
好みでなく、歌謡曲全盛期には人と話を合わせることに苦労した。ウディ・アレンと は絶対話が合うと思う。
音楽の趣味は 1950 年代に⻘春を謳歌した両親と同世代のバレエの先生のおかげとも いえる。よい音楽を聴ける環境にあったと大人になって気づく。
・学校のやること(行事だの選曲だのディスプレイだの規則だの)が理不尽だしダサいので内心軽蔑していた。
・映画や観劇も然りで、なかなか趣味が合う人がおらず、今でも同伴はほぼ妹頼みであ
る。
・上記のものを含ファッションなども流行のも(要するに現代風)の良さが分からず苦労している。「好みの男性のタイプは?」と聞かれても1950年代くらいまでに活躍したハリウッドの映画スターしか思いつかない。
3,着物の話
母は着物に関しては不調法であるし、私自身ゴテゴテした振袖の良さが分からず着物に興味がなかったが、高校時代、大和和紀の「はいからさんが通る」で矢羽根模様に袴という女学生スタイルが気に入り興味を持つようになる。祖母の袴を譲り受け、着付けなどを独学してお正月に着物と袴を着ていた。大学時代、「手ぶらで行ける着付け教室」を見つけ通うようになる。当時、大正ロマン風の着物のブランド「撫松庵(ぶしょうあん)」が百貨店で展開され、通いつめる。就職活動の時期に、「ここに就職したい」と店員さんに相談し、会社の連絡先を教えていただき採用される。同期は同じく直談判で採用されたユニークな人ばかり。
4.色彩の話
着物の会社で着物一式のコーディネートをする機会が多いことから色彩に興味を持ちカラースクールに通う。色彩は衣類だけではなく景観にも影響していることを知り、景観を損なっていると感じていた屋外広告物(看板類など)を学ぶ学校にも通う。そして屋外広告物制作の会社に入社し、デザインや設計の図面を描く。(現在娘がこ
の業界で働いている)
5.再び色彩の話
会社が嫌でたまらなかったし、そもそも自分は色彩に関する仕事に就きたかったのに、と会社を辞めて出身のカラースクールのアシスタントを申し出る。当時クラスを増える時期であり即講師となる。
ある時、外部の教室を増やしてほしいとの指示でにわか営業を始める。その経験から
「自分で営業して自分の仕事にすればよいのだ」と気づき独立。
色彩には、人それぞれに調和する「パーソナルカラー」という分野があり、それを知ることで枚数がなくても自分が満足できる服選びができるようになってきた。
6.苦手な片付けがヒントになった自分のオリジナルメソッド
好奇心は旺盛だけど捨てられない性格のため、片付けは苦手。ある時収納セミナーを見つけて受講する。片付けのノウハウかと思いきや、モノとの向き合い方のワークが中心だった。
人それぞれの価値観に合わないと片付けも身につかないことを実感。服の選び方のプログラムを作るきっかけとなる。その経験を活かし、衣類の機能的役割感覚的役割を満たす服選びのプログラム「ワードローブのダイエット」を作成。好き・生活スタイル・調和(似合う)の三つに合致するものを選べば、満足して長く着られる服になる。
7.秋田稲美さんの出会い
2006年頃、新聞でドリームマップの記事を見つける。自分のことを記入していくワークが服装計画のプログラムに似ていると思い受講する。稲美さんとの出会いは私の歴史で大きな出来事である。一緒にいれば楽しいことに出会える。
最初は自分の夢など人前で語ることはできなかった。マップの真ん中の目標部分が書けなかった。(周囲と合わせようと考えてた)
・自分の中にある答えを知ること
・自分の夢を描いてもよいこと
・否定されないこと
・目標を変えてもよいことなどなど、思いもしなかったことや”こうあるべき”などから解放されつつある。「正しいルールに合わせる努力をするべき」と教育されてきたが、「自分に合う方法
を選んでいく」ことが楽だしよい成果を上げることを実感する。振り返ると「楽をするための努力」はよくしてきたなぁ、と思う。
8.自分の好きを知ること
服の悩みは「機能的役割」と「感性を表現する役割」と「他者からの評価」の迷いが混同して本質が分からなくなる人が多いことに気づき「好き」を認識することをワークのメインにする。アドバイスはしていないのに「変わりました」と言われるようになる。
9.心の庭を満たす
理想のゴールは自分が「ああこれでよかったー」と心が満たされる気持ちになることである。これをひと言で表す言葉を探し「心の庭を満たす」と言う言葉を見つける。
人の評価がどうの、センスがどうのではなく「自分の心の庭が満たされる」服選びがゴールなのである。
「ワードローブのダイエット」→「Wake Up ワードローブ」→「心の庭を満たす服装計画」と段階を経て名称を変更。
服に限らず何か迷った時には「心の庭が満たされるか」と立ち返ることをお勧めしたい。
私がよく言う言葉に「あの時があっての今」がある。当時は失望したりしていても時が経ってみると”経験”として肥やしになっていると思う。
今年は、たまたまあるきっかけからフォーマルウエアに触れる機会があり、年齢的にも経験的にもそれをスキルとするよい機会を得ることができたと考えている。

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